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大会実行委員長 渡辺雅之
東京学芸大学 教授
いろはにほへと塾 塾頭













その21 桐野夏生「東京島」 ( 2010.07.09 )

 無人島にはあこがれがある。もし無人島に行くなら何を持ってゆく?誰と行く?などワクワクするのは、ある一定期間が過ぎれば、必ず元の社会に戻ることが保証されているからだ。

 桐野夏生の小説はそうではない。どこだか知らない無人島に隆と清子の夫婦は漂着した。その後、日本の若者23人が流れ着いた。全員男だ。その2年後、中国人が放擲されてきた。合計32人がこの無人島で暮らしている。いつ来るともわからない救援船をあてにしつつ。 31人の男と1人の女の暮らす島の話だ。

日本の若者たちは、この島を「トウキョウ」と呼ぶようになった。髑髏のマークの付いたドラム缶が並ぶ浜を「トーカイムラ」、そして、気の合う者同士で小さな集落を形成し、ブクロ、ジュク、シブヤと名付けた地に住んだ。

中国人たちは「ホンコン」と呼ばれ、共同生活を営んでいる。トウキョウのメイン広場をコウキョ前広場と称し、島全体の重要事項を決するのがここだ。

今日は、清子の夫がくじ引きで選ばれる日だ。夫である隆が死んだ後、トウキョウではこうして清子の夫を選ぶ。期間は2年間。

生活力たくましいホンコンたちは、ついに筏を完成させる。問題は誰が乗るかだ。清子は日本の若者たちや今結婚したばかりの新しい夫GMを裏切って船に乗ってしまう。見事に島脱出に成功したと思いきや激しい潮流に押し戻され、清子たちはトウキョウに舞い戻ってきてしまっていた。

裏切った清子へのトウキョウの若者たちの報復も清子の妊娠によって雲散霧消してしまう。いや、むしろ裏切り前とは異なる地位を妊娠によって得た。

ここまで見ると、トウキョウという島は、まるで現代の縮図のような様相を呈しているのかと思うほど、地域の名称、数多くの事件、その解決法、人間関係は暗示的ではある。

週刊新潮(200865日号)の佐藤優vs桐野夏生の特別対談で桐野は言っている。 

「東京島」は、最初は一編の短編のつもりで書き始めました。続くことになったので、その場その場で想像して書き足し、次第に色んなモチーフを取り入れているうちに、世界がわりと濃くなってきたんですよね。

また、トウキョウで起こる数々の事件などについても次のように言う。

男たちは習い性としてか、ルールを決めたりして社会みたいなものを作る。そういうところは意識して、戯画的に面白くしようと書いてます。だから、特に日本の状況を描こうと意識したわけではなく、ただ無人島という限られた空間の中での混沌を、描きたかったんです。

なるほど、こちらの深読みということになりましょうか。

読み進むうちに、いろいろな事件が起こり、その解決法を探り、今後の方針が定められ、という流れの中でかなりどんでん返しがある。昨日のルールは今日はもう変わっている。リーダーが誕生したかと思えば、またたく間にとって代わられてしまう。無人島で生き延び、かつ救援を待つという中では当然の帰結なのかもしれない。状況が変われば、その都度判断し直して、新しい方針で動くのである。

こんなスリリングな展開は、実は意外にも、開高 健の「サイゴンの十字架」でも感じたことではあった。ベトナム戦争がまさにそうであったように思う。

清子が新しい2年間の夫をくじ引きで選ぶ制度をどう受け止めていたか。

本文によれば、「そんな自分を巡って、どれほどの死闘が繰り広げられたか。人が死んだり、怪我したり。これほど男に焦がれられた女が世界に何人いるだろう。」と清子は満足気であった。

桐野は先の対談の中で、「男たちが公平性を担保するように見せかけて作ったシステムで、清子はそれに仕方なく従わされているイメージで書きました。つまり、清子には男を選ばせない、選ばせれば男たちの間に殺し合いが起きるから、という意味です。」とさりげなく触れている。

最終的に清子はどうなるのか、ですって。それをここに書いたらオシマイだよ。「東京島」を読んでのお楽しみに。

最後に一つだけ触れよう。日本の若者たちの中で、共同作業に非協力的なこと、性格がひねくれていることなどを理由に「村八分」にされた若者が一人いる。しかも、追いやられた場がトーカイムラという危険な場だ。しかし、時折危ういドラム缶を廃棄に来る船が来るのもここトーカイムラだ。そして、この若者はある時その船によって救助されるのだ。この島には他に誰もいないと言って。この若者の名はワタナベという。

ちと寂しい。

 

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